Episode 01

小中村政一がFIFA公認カメラマンになった経緯 vol.01

小中村政一がFIFA公認カメラマンになった経緯 vol.01
世界のスター選手が集まる「The Best FIFA Football Awards」での一枚
「やるからには世界一になる」

そう思って歩み始めたスポーツカメラマンへの道。
他に類を見ないアプローチのために起こった数多の試練の乗り越え、カメラマンとしての転機ともなったFIFA公認のカメラマンになるまでの経緯をエピソードとしてご紹介します。

フリーカメラマン、国内での現状

プロカメラマンというのは、資格があるわけでもなく自身がプロと名乗ればプロになれる世界であって、おおよその業種は自由に撮影ができるものですが、スポーツ写真の世界はそうもいきません。
大会を主催する団体や興行主から発行されるプレス(撮影許可証)が下りなければ自由に撮ることができず、なんの資格も必要ないはずのプロカメラマンにとって、スポーツ写真の世界ではこの”プレス”が唯一の資格ともいえる存在なのです。
そんなスポーツカメラマンにとって撮影に必須となるプレスは、国内においてスポーツカメラマン個人に直接発行されることはほとんどありません。新聞社などのメディアに対して発行されたものを、そこに所属のカメラマンが取得して撮影しているのが現状です。

プレス(撮影許可)が下りない苛立ち

これまでスポーツカメラマンとしての実績を作るために、幾度となく撮影許可を得ようと翻弄しましたが、ご存知の通り私は完全にフリーのカメラマンなので、メジャーなスポーツの撮影許可など降りたことはありませんでした。
新聞社やメディアなどの肩書が一切ない私の場合は、撮影許可をもらうどころか作品を見てもらう事さえ叶いません。Jリーグを運営しているJFA(日本サッカー協会)も例外になく、撮りたくても撮れない、勝負の場にさえ立てない、フラストレーションが溜まる日々を過ごしました。

2011年、国内で初めて専属カメラマンに起用していただいたFリーグでの写真

FIFA公認を目標にしたきっかけ

そんな現状に嫌気が差して、国内の撮影許可が出ないのならば、その上にあるFIFA(国際サッカー連盟)のお墨付きをもらえば、否が応にも認めざるを得ないのではないかと考えたのです。
誰もが成し遂げてない戦略ではありましたが、これさえクリアできれば必ず認めてもらえるという自信はありました。
戦略自体に大きな希望を見い出した私は、FIFAに知り合いがいるわけでもなく、どうしたらFIFA公認になれるのかも知らないまま、必ずFIFA公認になってみせると友人知人に啖呵を切ってしまったのです。

Jリーグの中でも1度だけチャンスをいただいたガンバ大阪の試合